書と占い「運」

書家・占い師 高天麗舟 が日常から考える「運」のあれこれ

人は人でしか磨かれない

もうすぐ我が家は18回目の結婚記念日を迎えます。

健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、 富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、 これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?

この言葉通り、 独身時代はケンカをしたら間を空けてクールダウンが可能でしたが 結婚生活というのは、ケンカをした日も、体調悪い日も、 どんなコンディションの時でも常にお互いが存在しているものです。 ・・・なかなかの苦行ですね。(笑)

しかし、気分転換する時間的余裕のない環境だからこそ、 いかに早く自分を立て直せるか?というスキルアップにも繋がる訳で。 同じ人と関わり続けることは本当に良い訓練になります。

夫婦でなくても親子や兄弟でも、毎日顔を合わせる中で 隣にいる相手の状況や心情を推し量りながら距離をおいたり、 歩み寄ったりしながら関わり方を工夫しますね。

他人が集まる職場の場合は、さらに別の要素も加わって 仕事においても人間関係においても 明日以降の日々を見据えて今日の立ち回りを判断せざるを得ず、 自分が思うままの行動をとることは難しいです。

でもそうしているうちに、 自然と人との関わり方を学び、人としても磨かれていきます。

そう考えると、占い鑑定というのは基本的に一回勝負なので 毎日同じ方と顔を合わせる機会はありません。

それだけにその一回が大切になってくるのですが、 占い自体、世俗から離れた学問ですし、 その世間離れした学問を高めるために一人で研鑚することで 人を導く立場でありながら、かえって人間性が偏る恐れが出てきます。

占い師こそ、継続する人間関係の中での試行錯誤が 大事なのだろうと感じているところです。

娘も中学生になり、やれやれ一段落と思っていたところですが、 改めて「占い師=人を導く仕事」と考えると、 やはりこの生活のままではデカい仕事は出来なさそうです。

デカい仕事というのは、 有名占い師になるとか、有名人を顧客に持つというのではなく 心から自己満足できる状態のことです。 書も占いも、人間が育っていないと良い表現はできませんから。

以前も50歳で書の教室をひらくと書いたかもしれませんが、 書を介して人を指導する事で一番勉強になるのは私かもしれません。

それまで娘と集中して関わり(もちろん夫もですが笑)、 いろいろ経験して学んでいこうと思います。

 

高天麗舟