昨年より、初めて鑑定を受けられる方のメニューを一新し、
【占い】と【書作品】のセットにしています。
具体的には
お客様の手相や四柱推命を観て、そのお客様にとって鍵となる言葉や、必要な言葉を易経や禅語から抽出し、完全オーダーメイド書作品としてお渡しする形式。

私も例外ではないのですが、
だいたい鑑定を受けた直後は、気持ちも高まって良い状態でいられますが
何日、何週間、何か月…と、月日が経つと忘れるのが人間というものです。
なので鍵となる言葉を手元に置いていただき、時々見返したり、思い出したりして、
日々のブレた気持ちを戻すキッカケとなれば…
そうして日々心にとめているうちに、おのずと望む未来へと人生が進んでいく、
といった形になれば…
ということで、書家でもありますし、このメニューに至りました。
占い師だから占うだけでいいのかもしれないですが、
お客様自身が明るい未来へと進むのを後押しするまでが、真の占い師の仕事だろうと
考えています。
もちろんこれまでも、これからいわゆる衰退期に入りそうなお客様には
鑑定時間内にできる限り、どういう心がけで日々を過ごしていくと良いのか?
ということは伝えていますが、忘れ去られているかもしれないし。
凶だからといって、そのまんま凶と伝えて、
そのお客様の未来を凶の時間として縛りつけてしまうこと。
これ、占い師として一番やってはいけないことで、
鑑定を受ける側にとっても一番恐ろしいことです。
未来は決まっている、という占い師は多いですが、
私自身は、未来は決めるものだと思っているんです。
占い師の私がいう言葉じゃないかもしれませんが、
やっぱり占いは100%ではありません。
日々のその人の心がけでどうにでも変わります。
というより、占い以上に日々の心がけの方が大事です。
だから、鑑定のあとでも見返してもらえる形のモノをお渡ししたい、と考えました。
そんな迷いを感じていた時に読んだ本が
立命の書『陰騭録 いんしつろく』を読む でした。
中国「明」の時代、
ある日「袁学海」という名の青年の元に、占術の達人「孔老人」がやってきます。
そして袁学海の未来を
〇〇年に試験合格、〇〇年に地方長官就任、就任期間3年半、
と細かく予言したのはいいのですが、
53歳の8月14日、丑の刻に、自宅の表屋敷で息を引き取る。
子供はできない
とまで伝えたそうです。
袁学海は孔老人の言葉を記録にとどめ、
言われた通りに試験を受けてみると、なんと言われた通りの順位で合格。
その後もことごとく当たり続け、とうとう
「運命は決まっていることなのだ、やきもきしてもなるようにしかならない」
と欲がなくなったいうより、諦めの境地に至ってしまいました。
そこで今度は雲谷禅師と出会い、教えを受けます。
それが以下の文です。
六祖大師(南宋禅の祖)も
「一切の福田は心というものを離れない」といわれている。自分の心に向って求むれば、天も感じないということはない。
結局は自分の内に在るものを求めることに外ならない。だからただ道徳仁義といった自分の心に内在するものが得られるだけではない、
功名富貴といった心の外にあるものも得られる。自分の心に向って得ようと努力すれば、
心の内に在るものも、心の外に在るものも二つながら得ることができるのである。そうして求めたものはそれを得たことによって自分自身に益となる。
だからもし自らに返って反省することなく、いたずらに外に向って求めようとすれば
これを求むるに道があり、これを得るに命と いうものがあるのであるから、
結局自分の心に在る道徳仁義も、自分の心の外に在る 功名富貴も共に失ってしまって
自分自身には何の益もないことになってしまう」と。
本当の運命とは、我より立つる、立命でなければならぬ。
ということを懇々と教えられて、袁学海は考えを一変しました。
すると、孔老人の予言が今度はことごとく外れ始める。
徳を積むことで、子どもも生まれ、息を引き取ったのは74歳。
これが真理だと思いました。
私の鑑定の方向性も「天筆」という形式、これでいいのだと、
太鼓判を押してもらったような気持ちになりました。
全占い師にオススメしたい本です。
もし「天筆」にご興味を持たれた方がいらっしゃったら
↑こちらからどうぞ。
ステキな未来へ一緒に考えていきましょう。



