書と占い「運」

書家・占い師 高天麗舟 が日常から考える「運」のあれこれ

師、野尻泰煌

昨年12月15日の日曜日、朝からブログでも書こうかとパソコンに向かっていると
書の師匠である野尻泰煌先生が救急車で搬送されたと電話が入りました。
病院最寄駅に到着し「もうすぐ病院に着く」と先に到着していた弟子に連絡すると、
「亡くなりました」と返信がありました。
私は「うそ…」と呟き、過呼吸のような状態になりながら足を更に速めました。
安らかではありましたが、明らかにこの肉体に魂は宿っていない…というお顔でした。

今日で一ヶ月が経ちます。

私は2014年1月に入門した時から師とは普通の縁ではない何かを感じ、
翌月には月に2回、5月以降には週1~2回の頻度で丸6年間、教えを受けました。

入門間もない2014年5月、
「あんた今日時間ある?国立博物館の建仁寺展に行こうかと思うんだけど」
ということで急遽お稽古切り上げて上野へ行きました。
博物館の後「東京見物しがてらお茶でもするか」と言われタクシーに乗り、
その中でクソ生意気な私は、“この人ならわかってもらえるかも…”と
「先生。実は私、空海の書を一度も上手いと思ったことがないんです。」
と正直に打ち明けました。
「あんた、すごい才能だよ。」
やっぱりわかってくださいました。そして
「私が初めて上手いと思ったのは、書道博物館で前にみた王羲之の“是”という字です」
というと「うん」とうなずきました。

タクシーは帝国ホテルで停まり、ラウンジでお茶を御馳走してくださいました。
私の名前を姓名判断で観てくださったり、占いの話をしたり、あっと言う間に時が過ぎ
帰りの電車では先生の手相を見せてもらいながら帰宅しました。

 

「僕の本当の稽古についてきたのは、あんただけだよ。永久会員の人も、僕の細君も、誰もついてこられなかった。あんたはどんなに忙しくても、どんなに大変な時でも一生懸命書いてくる。それが本当に健気でね。難しい手本を渡しても一切“書けない”とは言わず、ひたすら書いて来る。僕が手本を書く時、簡単そうに見えるだろ?でも一生懸命書いているんだよ。僕は書いてきた書を見ればみんなわかるんだよ、あんたはそれにちゃんと応えて書いてくれてね。だから僕も一生懸命教えるんだよ。」

亡くなる1ヶ月前くらいにも、そう言ってくださいました。

またある日は、
「野尻泰煌を山頂とすると、私は死ぬまでに先生の何合目まで行けそうですか?」
との問いに
「あんたなら9合目まで来れる。僕にも欲があるから9合目までは来てもらいたい。
 でもあんたなら来れる。」
そう言ってくださいました。

 

毎日、師に見せることが楽しみで書いていたようなものです。
師を喜ばせるために書いていたようなものです。

もうあんなに喜んでくださる人はおらず、完全に目標を見失いました。

が、世間が何と言おうと
私は誰よりも王羲之よりも野尻泰煌が絶対に上手いと、自分の目を信じており、
野尻泰煌の書を受け継ぐのは、野尻泰煌から純粋に学んだ者の使命と感じています。

今まで教えてくださったことを練りながら、自分の目を信じて研鑚していきます。

 

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高天麗舟