『書と占い』

書家・占い師 の視点でみえた日常のあれこれ

書展に出品して気づいたこと

10月1日(日)、泰永書展が無事終了いたしました。 起こしくださった皆様、本当にありがとうございました。

↑↑ こんな感じで後片付けも楽しく終えました。 高い所で作業しているのが四柱推命の師、浅野太志先生 下で巻いているのが茶人、高堂巓古先生

さて、今年はハンガリーとの国際交流展ということで、 会場にはハンガリーの写真家 ゾルタン・ガール氏の作品も 展示されていました。 ↓↓

この「写真作品」というのが今回個人的に大変勉強になりまして… 何が勉強になったのかという話はまた後日アップいたします。

そして私の作品はこちら ↓↓

何 紹基(か しょうき)の作品をもとに一部臨書したのですが 臨書のままだと作品として映えにくいので、 にお手本を書いていただきました。

私が展覧会に出品するのは今年で4回目です。 今までは自分の作品をみても、「こんなの書いたんだなぁ」くらいで これといった感想は浮かばなかったのですが、

今年は作品を観る目がソコソコ養われてきたのか、 「あ~、もっと書けばよかった。ここからやっと作品になっていくのに」 と後悔のような感情が出てきました。

自分で言うのもナンですが、キレイに書けてはいるんです。 ただ、そこから先が「書」というジャンルの醍醐味なだけに 到達していないなぁ~と思いました。

いちばん左の五幅目の調子で一幅目から書ければよかったのですが やはり、いちばん右の一枚目には緊張が表れてしまっていて、 三枚目で中だるみ、 五枚目で「やれやれ」と脱力しているのが伝わります。苦笑

もっと書き込んでいけば、一枚目から脱力できて、 その脱力から波乱や想定外の事態が導き出されたりするのですが、 まだ予定調和な感じで留まっていますね。

あと、これは私の身体的構造というか、手のクセといいましょうか、 もしかしたら美的執着なのかもしれませんが、 どうしても書いた字の構造に一定の癖がみられまして まだ自分の心地よさの上でしか作品を書けていないんだな、 ということにも気づきました。

こういうのもブチ壊して越えていかないとダメですね。

↑↑ 会場の様子です。 (一番下の写真、中央大きな作品が野尻泰煌先生の隷書です)

写真の通り、会場を見渡すといろんな書体が並んでまして、 これがまた刺激になるんです。

そして、 「自分がこの作品と同じものを書いたとしたら、 どんな風に仕上がるのだろう」 と、自分に興味が湧いて湧いてどうにもならなくなりました。(笑)

さらに、単純に、各書体を作品にする上で、 どういったことに注意して書くものなのか経験したい! という気持ちも湧いて湧いてどうにもならなくなったので 今後、全書体にチャレンジしようと決めました。

まず来年は、荒れ狂うような草書に挑戦です。 もちろん、わざと乱れさせて書くという小賢しい意味ではなく 「たんたんと書いていたのに乱れちゃった♪」みたいな感じで、です。

その次の年は逆巻くような隷書。

いずれにしても、毎年クソジジイのようなテイストです♪(笑)

書と占い、一見別々のジャンルのように思えますが 書に打ち込めば打ち込むほど、人を観る目までもが養われ、 それだけでなく、占いの読み解き方にも深みが出て、 私が目指すところの「黙って座ればピタリと当たる」に近づけるのです。

とにかく、がんばります。

高天麗舟