『書と占い』

書家・占い師 の視点でみえた日常のあれこれ

その価値がわかるまで

群馬県出身の私は、小学生の頃上毛カルタでよく遊びました。 遊んでいるだけで無意識のうちに 群馬県の名産や歴史を覚えてしまうという驚異のカルタ。(笑) あれから40年!(きみまろ風に) 時が経っても「つ」と言われれば、 「鶴舞う形の群馬県!」と答えてしまうほどです。

その上毛カルタの「む」なんですが、

小学生時代は音で記憶していたもので 「タゴノコヒってなんだ?」としか思いませんでした。

あれから40年!(やっぱりきみまろ風に) 大人になった私は書に取り組む日々を送る中で 自然と碑にも関心が高まり、 「そういえば、多胡の古碑ってどんなものだったんだろう?」 と調べたくなりました。

そしたら「んまぁ~なんとスゴイ碑が群馬にあったことか!」と とんでもない史跡であったことをやっと認識。

書家 野尻泰煌先生によると、この多胡碑。 日本書道史の最初の方に載っているのだとか。

詳しくはコチラ↓ https://www.city.takasaki.gunma.jp/info/sanpi/03.html https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E8%83%A1%E7%A2%91

小さなことに囚われていない気持ちイイ楷書!! こんな書が、奈良時代初めに群馬にあったのか~!! と衝撃の嵐!

が、しかし。 これは私が真面目に書(特に楷書)に取り組んでいたから湧く感想で 同じ大人でも書をやっていなければここまで感動しないはず。

作品そのものの価値をわかるって、 やっぱり知識だけじゃ無理なんだなぁ~と理解した瞬間でした。

美術的価値だけでなく、 歴史的価値のあるものや文化財を残すことって 興味ない人にとっては本当に無意味に思われてしまうもので そこが何とも悔しいところです。

王羲之の真筆も残っていませんし、 バーミヤンの遺跡みたいに 宗教が違うとか価値観が違うとかで簡単に破壊してしまう。 その価値を理解できない人が力を持つって恐ろしいことです。

この多胡碑も700年もの間、空白の期間があったようですが 今日までこの碑を残すことに力を注いでくれたみなさまに 心から感謝を伝えたい… そんな気持ちになりました。

高天麗舟