『書と占い』

書家・占い師 の視点でみえた日常のあれこれ

易と潜在意識とスピリチュアル 6

秋山眞人/著【第六感で生きる】
の中に、第六感を生み出す絶対条件が載っていた。

・安心、良い感情でいること
・何のために第六感を使うのか、目的意識をもつこと

よくスピリチュアルで「執着を捨てると願いが叶う」とか「手放すと夢が叶う」と聞く。具体的な例では、不妊治療をやめたら授かった等。

これ、欲しい気持ちが高まり過ぎて執着になると、絶対条件のひとつ「安心、良い感情」と真逆の「ソワソワ、不安」状態に陥ってしまうから叶わないのか…と合点がいった。

本来、潜在意識は自分を最善の道へと運ぶ力を持っている…と思う(確認できないので仮定だが、個人的には絶対だと信じている)。「安心、良い感情」でいれば、潜在意識が何にも邪魔されず最高のパフォーマンスで自身を導いてくれるところ、「叶わなかったらどうしよう」等の焦りや不安を繰り返し感じることで、その度に理想と逆の事態が潜在意識にすり込まれ、結果的に希望に沿わない場所に自分で到着させてしまうのだと理解した。

わかりやすい例がネットにあったので…中崎タツヤさん、勝手に載せてごめんなさい…私の大好きな『じみへん』なんだけど、老眼のみんな読めるかな。

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(笑)(笑)(笑)

 

他にも、やはりスピリチュアルの世界で耳にする「ワクワクしている先にギフトがある」についても、私なりに理解ができた。その本の中に『五感が楽しんでいる延長から第六感が働く』とあり、「五感が楽しんでいる状態=ワクワク」で、そこから「第六感が働く=潜在意識が最善の道へ導く」のかと納得できた。確かに、5が満たされたら次は6だもんなぁ。ただ、イイ年した大人が毎日ワクワクしていたら血圧上がりそうだし、私はもうちょっと淡々としていたいかなと。

師・野尻泰煌に生前「どうして作家は、今まで観てきたものや経験してきたことが書に表れるんですか?」と聞いたことがある。「すべてのものに震動・波動があって、琴線に触れた数によって作家の震動・波動も変わるんだよ。それが表現される(表に現れる)から表れるの。書は特に出やすいものなの。」と教えていただいた。(そして「だから鑑賞する側も感性を磨いておかないと芸術は理解できないの。生まれっ放しの感性で芸術をわかろうとするなんて土台無理な話なんだよ。」と話は続いた。さすがです。)

これに似ていると思った。
心が震える振動・感情のエネルギーが波動となって潜在意識に伝わり、今度は潜在意識から同じエネルギーが自分(顕在意識)の未来に返ってくるという仕組み。ゆえに「自分に起こることは自分が作り出している」となり、引き寄せは自分が出した波動なのだと理屈がわかった。

だからスピリチュアルの人たちは「日頃から波動を上げておくことが大切」と言うのか。日常的に怒り、焦り、不安…により心を震わせていれば、それが潜在意識に伝わって、実際にその状況が返ってくることになってしまう、か。…ループじゃん、怖い話だ。

「何のために第六感を使うのか、目的意識をもつこと」については、「個人的な欲やエゴでないもの。且つ、それが人の役に立つこと」であれば、後押しも強まるのかもしれない。想像だけど。

執着を捨てる前に、一度しっかり強く求めることが大事とも思う。ここで目的意識があれば、それに向けて現実的に行動ができ、繰り返し行動することで、自我よりもっと深い潜在意識にすり込ませるができる。だから願いを叶えるために作為的に最初から手放しては本末転倒なのだ。 八方塞がりになるほど努力した結果、諦めるしかない…となった時、初めて潜在意識に導かれるのだろう。天はみずから助くるものを助く。自力と他力のバランスだ。

私も「野尻泰煌の弟子になりたい」と執念で求め、ひたすら検索という行動を続けた。でもあまりにも窓口がみつからないので、半ば諦めていたところで出会えたという経験がある。この期間、3年。

また建築士の私が占い師になれたのも、「占い師っていい仕事だな」と憧れ続け、信頼できる先生を見つけ、その講演会に参加するなど実際に行動をし、でも片方では「占い師なんて特別な人がなるものなのだろう…」という諦めめいたものがあったから、結果的に導いてもらえたのかもしれない。この期間、やはり3年。

いろいろ調べてみたけど、スピリチュアルの人も意外と地に足のついた堅実な努力をしている。この世は三次元なので動かなければならないところでは、やはり動かなければならないようだ。

「求めよ、さらば与えられん」これが真理なのだと思う。

でも、求めても叶わないこともある。それは努力の過程がその人にとって必要だったことなのかもしれないし、叶わない経験がその人にとって必要なのかもしれないし、その時に叶わないことでまた別の展開になるのかもしれないし、もっと後に「あの時に叶ってなくてよかった♪」という出来事が待っているのかもしれない。

いずれにしても人智を超えたことだから人間にはわからないが、起きた出来事を最善と捉えて生きていくことが人間にとって最も大切なことだと感じている。

しかし、しかし。

最初から難しい願望など持たなければ不安にもならず、穏やかに日々を送りながら、最短で最高の状況になるという皮肉。一周まわってこの結論。

幸せになりたいと思わないことが最善の道とは。
盲点を突かれたようだが、これが老子なのだろう。

 

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