『書と占い』

書家・占い師 の視点でみえた日常のあれこれ

私事で恐縮ですが、

占い好きの子供時代を過ごし、占いの勉強をし始めたのがたぶん38歳。 風水から始まり、手相、方位、四柱推命、易、泰煌式生命法(姓名判断)と、ご縁をいただいた順に勉強をしてきました。

これまでも今も、友人知人がいろいろと助けてくれて、 土日は、イベントやライブ会場で10分鑑定をさせてもらったり 平日は、カフェや美容室でお客様の待ち時間に鑑定させてもらったりと、 とにかくよく動いてきました。

四柱推命では、今も五行バランスをとるのに難しさを感じる日々ですが、 相変わらず、「もっと知りたい、もっと勉強したい!」それだけです。

書も、数年かけて探し続けた師にようやく連絡がつき、43歳で弟子入り。 現在は師の指導のおかげで、ただただ楽しく、何の負荷もなく、 打ちこむことが出来ています。

毎年「寅月」前後は私にとって衝撃的な出来事が起こりやすいのですが、 今年は、ついに開眼!といった感じです。

まず、手相の出版のお話をいただきました。 身に余る光栄で、本当に有り難いお話です。 すべてはここから始まりました。

これをキッカケに 「世に作品を残す」「自分が死んだ後も作品が残る」ことについて トコトン考えていきました。

本については、せっかく占い本を出版するのですから、 普遍的な要素を盛り込んだ人を導く内容にしたいと思いました。

また、インターネットラジオについても考えました。 youtube に残りますから、これも立派な作品です。 会話は生ものなので他の作品とは違う部分もありますが、 その場の楽しさ以外の面白さ…いわゆる教養の有無がものをいうのだと、自分の会話を編集する中でふと感じました。

書では、今から200年ほど前の「何紹基」という書家の作品に心が震え、とにかくこの雰囲気を自分に染み込ませたい!と方向性が決まりました。

どんなジャンルにおいても 伝統を自分の下地になるまですり込み、そこから立ち上げていかないと、 浅い物しか作れない人間になってしまうんだなぁ~ と、痛感した寅月でありました。

そして、私はすでに出会うものには出会えているのだから、 あとは、書と占いの下地を厚くすることだけをしていけば良いのだ! と、安心することができました。

四柱推命の勉強も、私はこれまで、 日本人が書いたり訳したりしたものしか読んできませんでした。 誰かが訳したものには、もれなくその方の解釈が組み込まれているため やはり、自分で直接学ばなければ、 四柱推命の核には辿り着けないのだろうと感じているところです。

おそらく、その核は驚くほどシンプルなのでしょう。 幹がしっかりしていれば、枝葉もそれなりになっていくものですから そこをしっかり押さえておくことが重要なのだろうと考えました。

・・・一生仕事になりますが。(笑)

あれだけ動き回っていた私ですが、いよいよ機が熟したと言いましょうか やりたいことだけにチカラを注ぐ準備が整いました。

この春から中学生になる娘のカンシャクも昨年頃から落ち着きまして、 ようやくお互いがお互いに向き合う時を迎えた感じです。

母子ともにカンシャクという時期を超え(笑)、 これまで叱り飛ばしてきたぶん、それ以上に娘が安らげる環境をつくり のびのびと育てていきたいと思っています。

今は、本の原稿を書くより、一枚でも多く書を書きたい。 インターネットラジオ「赤裸々にさせて♡」では、 教養のない私の発言が、これ以上作品として残るのはどうなのか?(笑) という思いと、今後は子供とたっぷりじっくり関わりたいという思いを、 そのままミワコちゃんに伝え、69回目の放送をもって 最後のレギュラー出演となりました。

尚、インターネットラジオはミワコちゃんがそのまま続けてくださいます♪ ミワコちゃんに応援メッセージ、よろしくお願いします。 私も送ります♪

 

高天麗舟