書と占い「運」

書家・占い師 高天麗舟 が日常から考える「運」のあれこれ

特別枠に押し込まない

滅多にない悲しい出来事を経験したり、

想像もつかないような辛い経験をされた方に

気の利いた言葉を掛けるのは難しいものです。

その前に、そんな言葉をかけて良いものかも考えてしまいます。

同じ経験をした者同士なら、慰め合うことも可能かもしれませんが、

まったく普通に暮らしている人が、何かを言ったところで、

それがたとえ真理だったとしても、

「私とあなたは違うのよ!」

と言われたらおしまいです。

私も、1万人~2万人に一人という珍しい障害のある娘を産んで、

今思えば、一時卑屈になっていたようで、

周囲の人にとって、扱いづらい存在になっていたように思います。

当時、一番面倒に感じていたのが(笑)、育児経験者のアドバイスで、

「そういう時は、あぁやればいい。」

「そうじゃなくて、こうするといい。」

などと聞かされるたびに、

うるせぇ~~~!!オマエんちの子とウチの子は違うんじゃ!!

と思ってました。

でも、自分が娘の障害に慣れてくると(受容)、

健常児でも障害児でも、育児は育児でやっぱり同じなんだな…

と思えるようになり、そして、

ただ自分で自分の境遇を特別枠に入れていただけだったんだな…

と気づきました。

珍しいケースや特別な経験をしていることに変わりはありませんが、

でも、

自分を「特別な経験者」という枠に収めきって、周囲を遮断してしまうと

経験を越えた真理には気づけなくなってしまいます。

それでは、自ら運を閉ざしてしまっているようなものです。

悔しい、悲しい、自分のせい、アイツのせい、、、

いろいろあると思いますが、

その気持ちをたっぷりと味わい尽くした(受容)後は、

(味わい尽くすのも大事と思っています)

自分を特別な枠から外し、

周囲の言葉に耳を傾けてみるのも良いかもしれません。

意外とうなづける話をしてくれているものです。

どう感じながら生きても同じ時間が過ぎています。

とらわれて生きても、前に進んで生きても、同じ時間です。

 

高天麗舟