『書と占い』

書家・占い師 の視点でみえた日常のあれこれ

人の苦労と比較しない

クリスマス感・年末感ゼロの、いつも通りのブログです。

先日娘が通知表を持ち帰ってきたのですが、なんと、 二学期、一日も休むことなく登校したそうで表彰状が入っていました。

娘も健康になったものです。 そういえばここ数年は入院することもなくなり、とにかく元気です。 うるさくてアッタマにくることもありますが(笑)、本当に有り難いことです。

娘の成長・発達について、これまで様々な問題にぶつかり、 その度に重大な選択を迫られてきました。

しかし、周囲に私以上に大変な育児をしている母友がたくさんいたので 「私なんか苦労のうちに入らないな…」と、 淡々とこなすよう努める日々を送っていました。

具体的にいうと、無理やり幸せに焦点を当てて過ごし、 苦労に背を向けていました。

なんですが、やーっぱり本心ではそうでなかったようで 自分よりずっと小さなことで悩んでいる人を見掛けると、 「気楽なもんだわねぇ~」と、冷めた目で見ていました。

今思えば、「大変でない」つもりでいながらも、 核の部分では日々の「大変さ」に悲鳴をあげていたようなのです。

そして心の奥底で、 誰かに自分が大変なのを理解して欲しかったようなのです。

まったく自分の核の感情に意識を向けることなく過ごしていたので、 当時はそんなこと夢にも思いませんでした。 (というか、意識を向けたところで前には進まないと思っていたので)

が、そんな時、たまたまお話しする機会に恵まれた某女史に 「あなたは本当に大変な思いをされてきましたね」 と言っていただき、

初めて「自分は大変だったのかもしれない…」と 自分で自分の苦労に目を向けることができまして、

そして「こんな程度でも大変って思っていいんだ?」と、 それまでの様々な経験を苦労と認めていいことを知りました。

急に気持ちがラクになりました。

結局、「誰かに自分が大変なのを理解して欲しい」の「誰か」って、 人ではなく、自分だったようです。 そして、自分で理解しないと本当の意味での前進はないとわかりました。

「あの人に比べれば、今の私の苦労なんて…」 そう思ってしまう人って少なくないと思いますが、 人の苦労と比べて自分を慰めるのは『感動ポルノ』と同じで 一時的に自分の苦労から目をそむけているだけです。

人それぞれ人生は違うのですから、苦労は比べるものではないし、 自分がツライと思えば、素直にそれを認めて向き合えばいいだけでした。

大変な苦労をしている人がエライわけではなく、 苦労と認めることがダサいわけでもなく、

それぞれの経験に見合った苦労としっかり向き合い、 「自分、ご苦労さん。」と自分を労わっていくうちに次の展開が始まります。

そうして自分を労うことで、 人にも寛容になっていけるのかなぁ~と思う今日この頃です。

 

高天麗舟