『書と占い』

書家・占い師 の視点でみえた日常のあれこれ

経験のないことに挑む

さて先週は、母友と二人で埼玉大学の教育学部にお邪魔して、
学生さんたちに障害児育児について少しお話してきました。
年2回の恒例行事みたいな感じになってきてます…(笑)

いつも時間に余裕がないのもあるのですが、
学生たちからの質問はあまり活発ではない印象です。

ところが今回は、いつになく積極的に手があがり、
彼らと直接会話する機会に恵まれました。
そうそう、滅多にないチャンスは活かした方がいいのさ♪

その中のひとつ、

電車などで障害者を見かけた時、手を貸そうとするが
そうしようとする心理には、「可哀想だな」といった
障害者を下にみているような部分が正直なところある。
この気持ちは、手助けされる側としてはどう感じるのか?

といったものでしたが、私の答えとしては、

キッカケは何でも構わない。どんどん手を貸して欲しい。
始めは「可哀想」という動機だったとしても、
それを繰り返すうちに、それが当たり前の行動になっていく。
そうなってくれたらありがたい。
だから、キッカケは所詮キッカケでしかないと思う。

といったことをヘタクソな日本語で話しました。
みんな、伝わったかな。
おばちゃん、人前で話すのヘタなんだよ。ごめんね。(笑)

この講話の翌日だったでしょうか、たまたまつけていたテレビから
バリバラ」という番組が始まりました。

番組の内容は、障害者情報バラエティーとのことで、
前にも何度か観たことはあるのですが、
正直に言って、あまり好きになれない番組でした。

というのも、
無理やりバラエティー色に仕上げている印象を受けてしまい、
また、無理やり盛り上げているところが痛々しくて
事故後のビートたけしのギャグを聞く時と
似たような感覚になってしまうのです。

でも、その時はダウン症の青年が、
大学生の前で出生前診断についてお話をするという、
大変興味深い内容でした。

そのダウン症の青年、出生前診断について、
ダウン症本人の意見が取り入れられていないのはおかしい。
という、とても全うな意見を述べていました。

番組では、女性の学生たちから、
もし自分が妊娠して出生前診断を受け、
望まない結果が出た場合には、「産まない」という選択をすると思う。
という意見がでていましたが、

それを受けての私の感想は
「産まない」という判断基準が
想像の上でしかないことに気づいて欲しい、
ということです。

もし産んだら、差別を受けて、苦労して…

世知辛い世間ですから、こういった方向への想像は簡単です。

しかし、少なくとも
私は障害児を生んだことで更に幸せになったし、
娘も幸せそうにしている。
ことは確かなのです。

私も想像つかなかったです。

平成17年1月に、染色体の一部が欠損した写真を見せられてから、
どんな人生になるのかと思いながら生きてきましたが、

不思議と苦労で終わらない…というのが実際のところです。

自分の経験も踏まえ、占い師として書きますと、

難しい経験をした後は、
その経験を積まなければ出会えなかったような
素晴らしい出会いが待っている

と、言い切れます。

また、そこから更に広がっていきます。

これは、そう簡単に想像つかないかもしれません。
経験がないことですから。

だから、それまでの経験で想像して、おしまいにしてしまうのは
勿体ないと思うのです。


私の手相の師である西谷泰人先生が、よくおっしゃっていました。

難しいことにチャレンジしたら、
それ以下のことは大したように感じない。


壁を越えていく。

自分で壁をつくってぶつかっていく。

これが運の良い人の生き方だと。