『書と占い』

さいたまで活動している書家・占い師が日々の気づきをあれこれ書いています。

さりげなく在り、さりげなく去る

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書の師匠、野尻泰煌が旅立って今日で丸二年です。
12月は今日のように天気がいいと、
先生のお父さんに付き添い、警察署に出向いた日のことを思い出し、
また雪が降りそうな厚い雲の日には、斎場に行った日のことが思い出されます。

そして…現実逃避なのでしょうか。
記憶からスッポリ抜け落ちていたことがありました。

先生が亡くなる2019年のある初夏の日、
お茶を飲みながら手相の話題になったので、先生の手相を見せてもらいました。

「今年の終わりごろ、先生の身に衝撃を伴う重大な出来事が起こる。」

軽い気持ちで観た手相ですが、ショックで顔面蒼白になりました。

何の言葉も出せなかったのですが、黙っていると怪しまれると焦り、
テキトーな会話でその場を終えました。

過去にいろんな方から似た相は何度も見ているのですが、
ここまで強い相になると意味が違ってくるはずなので、とにかく混乱しました。

そして、だんだん恐ろしくなってきたので
「そうだ、もう考えるのはやめよう」と心の中で決意し、
それ以来、その相について本当に二度と思い出すことはありませんでした。

突然思い出したのは、先生の死から3~4ヶ月経ってからでしょうか。
「あ、あの線は死を意味していたのか…」ようやく理解が追いつきました。

 

10日ほど前に終わった書展で現・泰永会代表と
「さすがに2年経つと気持ち的には落ち着くよね」と話していたのですが
特に先生の養子になることが決まっていた現・代表や
プライベートでも仲良くさせてもらっていた者にとっては
いろいろと思うことの多い時間でした。

先生と出会ったから書家にもなれた上、
生きる上・仕事をする上で大切なあらゆる視点を与えてもらい
師に対しては、恩という一言では言い尽くせないほどの
感謝以上の感謝があるのですが、落ち着いてみると
天才特有の引っ掻きキズのような傷跡を残されたことも否めず(笑)、
最近では、自由を謳歌する自分を感じることさえあるのが正直なところです。

 

今年は私の父も亡くなってしまい、無常を痛感する一年でしたが
父が亡くなっても、私の精神面において、また実家の母や姉の生活においても
大きな影響が出ることはなく、変わらずたんたんと日常は過ぎていっています。

もちろんこれば父が高齢で亡くなったこともありますし、
存在感のあまり感じられなかった無欲の父と家族との関係が
淡泊だったことも大きいのですが
私はこういう去り方にカッコよさを感じました。

今、娘が宮沢賢治の雨ニモマケズを暗唱しているのですが
【褒められもせず 苦にもされず そういうものに 私はなりたい】
の部分に、強く共感してしまいます。

人に与えられた使命や役目はそれぞれ違うので
良し悪しの問題ではありませんが、
私は周囲にショックを与えることは避けたいので
さりげなく去るためにも、さりげなく在りたいと思うようになりました。

 

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ぬり絵をする娘に「あ、はみ出た~♪」と無邪気にからかう師・野尻泰煌。

 

高天麗舟