『書と占い』

書家・占い師 の視点でみえた日常のあれこれ

コロナ禍での繋がり

「としまえん」と同じ大正15年生まれの私の伯母が8月末に亡くなった。
葬儀はとしまえん最終日と同じ8月31日。伯母は93歳だった。

ずーっと工場で働きながら、休みの日はいつも誰かのために裁縫をしている人で
私は伯母が作ってくれた着物以外、着たことがない。
私が七五三で着たオレンジ色の着物は、娘も7歳で着て、
その時に私が着た着物は、成人式で作ってもらった振袖の袖を短くしたもの。
今プロフィール写真になっている着物も、みな伯母が手縫いで作ってくれたものだ。
伯母のお陰でずいぶんと贅沢な思い出ができた。

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伯母は数年前に腰が悪くなったのをキッカケに介護施設に入所してしまい、
毎年インフルエンザ流行時期は面会ができなくなるため、
私が会えるのは夏休みに帰省した時くらいになってしまった。

年に一度だと認知症も加速して、私のことなど忘れられただろうと思うのだが
有り難いことに忘れられたことは一度もなかった。

それが昨年秋からインフルエンザ流行シーズンで面会できず、
そのままコロナで長い期間、誰とも面会できない状況になってしまった。

毎年春には誰かしら面会に行っていたのに、本当に淋しかっただろうと想像する。
「認知症だから人との繋がりなんかわからないだろう…」ではない。
認知症だからこそ「コロナだから仕方ない」という理屈がわからず
「なんで誰も会いに来てくれないのか?」と余計に孤独を感じたはずだ。

人との繋がりを断たれた失望は相当なものだと思う。
普通の人だって人恋しくなってオンライン飲み会とかやっているんだから。

そしたら長い梅雨の間に、すっかり食欲がなくなってしまったそうで
自分で箸を使って食べなくなってしまったと近況が入ってきた。

オンライン面会もしていない施設だったので、姉の提案で手紙を送った。
私は昔、親戚で集合した時の写真を同封して速達で送り、姉はハガキを送ったそうだ。

すると手紙到着後から自分で箸を持って食べるようになったと、
担当の方からお話があった。

イヤな人とは離れていたいものだが、
心許せる人との繋がりは生命力として本当にチカラになるのだと心から感じた。

面会できていたとしても老衰だったかもしれないが、
人が生きていく上で、大切な繋がりは断ってはいけないことを学ばせてもらった。

コロナで老いた親と会うのを控えることも思いやりから起こる行動だと思うが、
私は伝染すかどうかわからないもののために
大切な人と直接会って話す貴重な機会を逸することは避けたい。

今回は施設の方針があったから仕方ないことだが、
私の両親は元気に自宅で過ごしているので、お互い体調が悪くない限り
私は精一杯かかわることに決めている。

下の資料は厚生労働省のHPからのもの。
「新型コロナウイルス感染症とはウイルス性の風邪の一種です」と明記されている。
私はこの一文をそれ以上でもそれ以下でもなく文章のまま受け止めている。

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 持病のある人、高齢者にとっては、毎年流行するインフルエンザはもちろん、
一般的な風邪でさえも命とりになることがある。

予防に気を取られ過ぎて大切なことを失っては本末転倒…
しみじみ感じた伯母の終末だった。

 

高天麗舟